PropのHot Start Procedure 高温時における発動機再始動要領
今日は教官と、Pitts S-2BでAerobatic Competitionに向けての訓練です。午後3時、気温29度C。三月だというのにここSan Francisco周辺は記録的な暑さです。この飛行機は前の飛行から帰ってきてまだ30分程度で、Engine Oilの温度は熱いままです。「このEngineはHot Startが難しいからな。前にFlooded (Priming時に燃料を過度に送ってしまうこと) させて火事になったことがあったから気をつけろよ」 との教官からの言葉。Oil Temperature Gauge (潤滑油温度計) を見ると140度Fを指しています。通常のCold Startではなく、Hot Startの方法でStartさせます。2秒程のCrankingの後Engineが掛かりました。「Good job! (よくやった)」 と教官。「It's accident. (まぐれですよ)」 と私。しかし、その後何度も難なくEngineを掛けてしまう私を見て、「一体どうやっているんだ?今日の教習は割引にするから、秘密を教えてくれ」 と。今回は難しいと言われる、Fuel Injection EngineのHot Startの方法を書いてみます。
Piper Sratoga HPのInstrument Panelより。
Manifold Absolute Pressure Gauge (吸気圧力計) と一体になった、
機械式のFuel Flow Gauge (下側半分) です。
飛行機のEngineのFuel Metering Systemには大きく分けて3種類あります。Float Carburetor、Pressure Carburetor、そしてFuel Injectionです。Float Carburetorは通常のPiston Engineに見られる、日本での通称 “キャブレター” です。実際の発音は、“カーブレター” に近いですが。現在でもオートバイや、低馬力の飛行機にはまだ主流の方式です。操作が簡単という長所がありますが、Carburetor Icing (内部で水分が凍りついてしまうこと。過度の場合には氷で塞がってしまい、Engineが停止する) が起きること、Float (浮き) を使用して初期の燃料量を調節するため、ある角度を越えてしまうと、一定のFuel-Air Mixtureを供給することが難しいという短所があります。Pressure Carburetorはこの欠点を補ったもので、第二次大戦中の飛行機に広く使われました。Carburetor Icingが起きない、取り付け角度が制限されない、そしてNegative Gの状態でも順調にFuel-Air Mixtureを供給できるという長所があります。Fuel Injectionは現在のHigh Performance Engineに広く使われ、Intake Valve手前のNozzleから連続的に燃料を供給する方式です。燃料さえFuel Servoに供給できれば、Pressure Carburetorと同様に取り付け角度や飛行姿勢にとらわれることなく、順調にFuel-Air Mixtureを供給できます。燃料の圧力は低いので、Intake Valveが閉じているときには燃料がNozzleの部分で止められ、Intake Valveが開いたときのみ吸入空気と燃料、そしてNozzle部分の開口部から気化を助ける少量の空気とが同時にCylinder内に引き込まれます。
Fuel Injection Systemの系統図。
Hot Startとは、Jet EngineではEngine始動時にEGT (Exhaust Gas Temperature: 排気温度) が限界温度を超えてしまうことを言いますが、Reciprocating EngineではEngine温度が高い状態での始動を意味します。一言にEngine温度と言っても、Engine停止後から再始動までの時間経過、Cylinder内部の温度、Engine Oilの温度、Fuel Lineの温度など、総合的に見る必要がありますが、Engine Cowlに閉じられたEngineであれば、Engine Oil Temperatureが100-120度Fあたりが境になるかと思います。
Piper Saratoga II TCのEngine Instruments。
このFuel Flow Gauge (左側中央、右半分のもの) は先の機械式のものと違い、電気式のものです。
Engine Oil Temperatureは189度F。この状態での再始動も可能です。
Carbretor装備のEngineでは、Priming (始動を簡単にするため、始動前にあらかじめIntake Portに燃料を送り込むこと) をせずに、Throttleを通常よりも開け気味にして始動すれば難なくEngineが掛かります。Engine温度が高いため、燃料の気化が十分に行われて、Priming無しでも点火に必要なFuel-Air Mixtureが確保されるためです。ではなぜ、Fuel Injection装備のEngineではHot Startが難しいと言われるのでしょうか。どの本を見ても、「Hot Startであっても、Electrical Fuel Pump (電気式予備燃料Pump) はOnにして、Fuel Line内のVapor (気化された燃料) を取り除く必要がある。始動が難しいのはこのVapor Lockのせいだ」 としています。そうでしょうか?私は、始動困難の原因はFuel Pump使用による、燃料の送りすぎだと考えます。
Piper Malibu MirageのCockpit。中央に黒、青、赤の3つのLeverが見えます。
左から出力を調節するThrottle Control Lever、Propellerの回転数を調節するPropeller Control Lever、
燃料と空気の混合比を調節するMixture Control Leverです。
まずLycoming社製Engineの場合のCold Startの手順について考えます。他の細かい部分は省き、Engine操作だけに的を絞ります。
1. Throttle --- Open (機体によって異なるが、1/8から1/4 inch。)
2. Mixture --- Full Rich
3. Electrical Fuel Pump --- On (Fuel Flow Gaugeが燃料の供給を示してから3-5秒後にOff。)
4. Mixture --- Idle Cutoff
5. Start Switch --- On
6. Mixture --- Full Rich (Spark Plugが点火して、回転が上がりだしてから前へ進める。)
次にHot Startの手順です。
1. Throttle --- Open (Cold Startよりは少々多めに開く。)
2. Mixture --- Full Rich
3. Fuel Flow Gauge --- Check (機械式のFuel Flow Gaugeの場合、内部構造が圧力計と同じなため、この時点で針が上がる。)
4. Mixture --- Idle Cutoff (Fuel Flow Gaugeの針が下がってから閉じる。)
5. Start Switch --- Start
6. Mixture --- Full Rich

Hot Start時のFuel Injection System。
赤い線の部分に残る燃料は気化されて、圧力がかかっていると考えられます。
他に問題がない限り、この方法でEngine Startは可能です。Cessna 172RやSP Modelに搭載されているLycoming IO-360-L2A、Pitts S-2Bに搭載されているAEIO-540-D4A5 Engineや、Piper Malibu Mirageに搭載されているTIO-540-AE2A Engineまで問題はありません。3番にあるように、Hot Startの場合はFuel Pumpを使用しなくても、始動に十分な燃料がCylinderに送られます。私が想像するに、これはFuel Servo手前のFuel Lineに残る燃料が、熱によって気化しているためだと考えます。この状態でThrottle Control LeverとMixture Control Leverを前に進めると、Fuel Servoで止められていた気化された燃料が、その圧力でIntake Portに送られます。Flow Dividerに取り付けられた機械式Fuel Flow Gaugeが数値を示すのは、その圧力からです。これがPiper Saratoga II TCなどの電気式Fuel Flow Gaugeだと数値は示されませんが、経験上5秒ほど開けておけば十分なようです。
Piper Malibu Mirageに搭載の、Lycoming TIO-540-AE2A Engine。
Twin Turboを装備、42in-Hg/2500rpmで350HPを発揮する強力なPowerplantです。
Engineの中心真上に円形のFlow Dividerが見えます。
ただ、燃料が気化してFuel Line内に圧力が確保できるまでにはEngine停止後1-2分はかかるようです。ですから、停止直後にこれを試しても圧力不足で上手くいきません。また、これで供給できるのはたった一度のStartに必要な分の燃料だけです。もし失敗したら、Electrical Fuel Pumpを使って少量のPrimingを行うか、1-2分時間を置いて、Fuel Lineに圧力がかかるまで待つ必要があります。とにかく、高い燃焼室内温度、十分に気化された燃料、この状況は点火にもっとも適した状況ではないでしょうか。Hot Startは難しい話ではありません。
仮に、多くの本が書いてあるように、3番の時点でElectrical Fuel Pumpを使用するとどうなるでしょうか。Throttle Control LeverとMixture Control Leverは共に開いた状態です。この時すでに前述の圧力によってIntake Portには燃料が送られているのに、さらに燃料を送ると当然Over Primingになります。Fuel-Air Mixtureは濃すぎても薄すぎても点火しません。Pilotは点火しないEngineを見て、まだ十分にPrimingがなされていないと勘違いをし、さらに燃料を送ります。ついには過度の燃料がEngine下部から流れ出し、最悪の状況ではBack Fireによる火災、となります。
Piper Seneca Vに搭載の、Continental TIO-360-RB Engine。
整備の楽な、私の好きなEngineです。Intake Tube上に、銀色のFuel Lineが見えます。
それぞれFlow DividerからFuel Injector Nozzleに向かっています。
これがContinental社製のEngineでも基本的には同じです。一つ違うのは、Fuel Metering Systemそのものの構造が違うため、Lycoming EngineよりもPrimingが長め、多めに必要なことと、始動時のMixture Control LeverはFull Richの位置になることです。これはLycoming Engineに搭載されているSystemが流入空気の体積を測っていることと違い、Continental Engineに装備されているSystemがEngine回転数を測っているためとされています。ただこれもEngineによって違うようで、Piper Seneca Vに搭載されているContinental TSI0-360-RB (左側Engine) と、LTSI0-360-RB (Piper Seneca Vに搭載の右側Engineは左回転で、“L”が先につきます) の場合はMixture Control LeverがIdle Cutoffの位置での始動となります。私にはこの辺りがどうも理解できません。いつか技術者の方に質問できたらと思います。
試運転中のPiper Seneca Vに搭載の、Continental TIO-360-RB EngineとそのCockpit。
Continental社製EngineのCold Startの手順です。
1. Throttle --- Close (Lycoming Engineの要領で開けすぎると始動が困難になる。開けても1/8 inch程度。)
2. Mixture --- Full Rich
3. Electrical Fuel Pump --- OnまたはPrime (Fuel Pump SwitchがOn/Offの2 Postionの場合は、FloodedになってEngine下部から燃料が流れ出てくるまで燃料を送り込み、その後Off。SwitchにStart/Off/Primeの3 Positionがある場合は、Primeの位置で燃料を流し込み、その後Startに。)
4. Mixture --- Full Rich
5. Start Switch --- Start
6. Electrical Fuel Pump --- Off (Switchが3 Psotionある場合。)
次にHot Startの手順です。
1. Throttle --- Open (1/8 inch程度。)
2. Mixture --- Full Rich
3. Electrical Fuel Pump --- Check Off
4. Start Switch --- Start
このように、Continental EngineではElectrical Fuel PumpのSwitchによって手順が変わります。SwitchにStart (Loと書いてある場合もあります) のPositionがあったら、Cold Startの時に必要だと覚えてください。始動後は忘れずにOffに戻します。そうしないと、濃すぎるFuel-Air Mixtureのために回転も上がらず、場合によってはSpark Plugをカブらせてしまうことになります。
滑走路脇でPiper Malibu MirageのEngineを調整中。
Engineを止めて調整、Cockpitに戻って再始動を繰り返します。
日ごろの整備経験からこのHot Start Procedureを見つけました。
LycomingとContinental、どちらの会社のEngineを使っていても、Pilotは常にEngineが燃料を欲しがっているのか、それとも空気を欲しがっているのかを判断する必要があります。Startさせて数回点火した音が聞こえたが、その後は聞こえなくなった。この時はPrimingが不足しています。Primingして燃料が流れているのに一度も点火しない。この時は燃料が多すぎですから、Flooded Startの手順を行います。ThrottleをFull Open、MixtureをIdle CutoffでCrankingをします。Engine内の余分な燃料が取り除かれ、適度なFuel-Air Mixtureになった時に点火するはずです。教官にこの説明をしたら、「俺は60年間飛んできたが、誰もそんなことを教えてくれなかった。」 と言っていました。これを読んで頂いた方は、どんなに熱いEngineでも無事にEngine Startができるのではないでしょうか。誰もいない空港で、Engineが掛からず一夜を過ごすということにならないよう、機会があったら一度試してください。
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