PA-32R-301T (Piper Saratoga II TC)
Stabilator Bearing交換作業
以前に私が飛行機を格納庫にぶつけてしまった出来事を書きましたが、これはよくあることのようです。今回はPiper Saratoga II TCのAnnual Inspection (一年間に一度行なう定期検査) です。途中までは順調に進みましたが、飛行機尾部のStabilatorを上下に動かすと異音がします。もしやこれは?と思い飛行機の持ち主に聞くと、以前格納庫の壁にぶつけたことがあると言っていました。外見ではそれほどの傷はみえませんが、仮にゆっくりとした速度でも約3,000 lbs (1350kg) の飛行機の衝撃が一箇所に集中すると、それは相当なものなのでしょう。Stabilatorを外して、その付け根のBearingを交換することになりました。
Stabilatorは、写真のCessna 172Sに見られる、Horizontal Stabilizer (水平安定版) とElevator (昇降舵) を組み合わせた通常の型と違って、翼全体が上下に動いて同様の効果を得られるようになっています。Stabilatorという呼び方は、StabilizerとElevatorを組み合わせた造語です。Piper社はこのStabilatorの方式を積極的に採用していますが、その利点は、外見が滑らかな分抵抗が少ない、そして操縦桿の操作が軽いということでしょう。
Bearing交換には、まずStabilatorを外さないといけません。そしてそれを外すには、Control Wheel (操縦桿) からStabilatorへ伝わるControl Cable (操縦索) を緩めて外す必要があります。客室後部から機体後部を見るとこのようになっています。後部へ伸びているCableは、Stabilator、Rudder (方向舵)、そしてStabilator Trim、それぞれ二本ずつ計6本あります。Stabilatorに続いているCableの一本のTurnbuckleを回してTension (張り) を緩めます。
これでStabilatorからCableを外すことができます。機体後部の点検孔から手を伸ばして外します。手が一つ入る余裕しかないので、片手で工具を二つ持っての作業です。焦らず根気よく作業を続けます。
これでStabilator本体は自由です。がしかし、Stabilatorには飛行中の縦の釣り合いを保つためのTrim (調節機構) が付いているので、このStabilator Trimも自由にする必要があります。このSpool (糸巻き) の筒を回転させることによって、内部のTrim Jack Screwが上下に動き、Stabilator後部のTabが動くようになっています。Stabilatorを外した後にこれが回転してしまうと、上下両方の限界と中立位置が狂ってしまうため、動かないように固定します。また、Spoolが外れて落ちてしまわないよう、上下方向に固定することも忘れてはいけません。もし落ちてしまうと、この糸巻きにCableを巻くことで、半日以上を費やすことになります。(経験者談)
Stabilator Trim Spool下側の支えを外します。右手を再び機内に入れて内側のNutを支え、左手で外側のBoltを外します。下側支えが取れれば、後は助っ人二人を用意して、声をかけながら左右の二本のBoltを外すだけです。重さはそれほどのものではないのですが、まっすぐに後ろに引き抜かないと機体に傷を付けてしまうので、慎重に行います。
Stabilator中央に見える黒い重りはCounter Weightです。いつもは機体内部にあって見えませんが、これは飛行中のStabilatorの振動を防ぐ役割をします。矢の先に重さのある矢尻を付けると、安定して飛んでいくことと同じ原理です。
問題の右側Bearingです。外す前にBearingの押し込まれている深さを測って、新しいBearingも同じ位置にくるようにします。少しでも位置がずれてしまうと、それが元で負担がかかるかもしれません。無理なく外すには、写真のように適当な大きさのSocketとBolt/Nutを使い、それを締め付けて外します。問題のBearingは、外観は特に問題もなさそうですが、見ただけでは分からないこともあるようです。
外す時に使った方法を応用して、新しいBearingを取り付けます。
Bearingが付いたら、Stabilatorを機体に仮止めします。再び同僚二人を呼んで、息を合わせての取り付けです。ここが一番の難関でしょう。Boltを入れて仮止めが終ったら、間にWasherを入れて再びBoltを取り付けます。厚さの違う二種類の物があるので、間違えないようにします。Stabilatorを微妙に動かしながら、Washerの中にBoltを通していきます。何度もWasherを落としながらの作業です。
左右のBoltを取り付けて、ようやく形になりました。後はTurnbuckleを締めて、先に緩めたCable Tensionを規定値に張り直します。操縦桿が滑らかに動くこと、異音がないことを確認して、作業終了です。今回の作業で時間がかかったのはStabilatorとBearingno間にWasherを入れるところでした。「こんな時にこんな形のものがあったら…」 などと考えながら作業をしていました。もし時間があったら、考えている工具を作ってみたいと思います。
Propの飛行機整備日誌へ
Prop's Hangerへ