昨日、音楽のリンク集に登録した。私の音楽をみんなで聞いてくれ。
音楽サイトを見ているが、他のサイトのMIDI曲を調べているが、どうもメロディだけのサイトは、私くらいしかないようだ。MP3は歌あり、伴走あり、生音録音ありの立派なものもある。けれども、ネットのMIDIはどちらかといえば、1曲4分を超える長いものがあり、音質もよく、立派のように見えるが、メロディだけを見れば、どこも貧弱である。バンド方面の曲でないと、メロディはしっかりとしたものがない。プロは、楽曲勝負なのだ。アマもそうだけど、楽曲にいいものがあれば、全国デビューも夢じゃない。そういう点でいえば、伴奏をいくら工夫しようが、メロディが駄目なものは、ライブハウスでも、曲としても、通じない。小学校の頃にもらった歌曲集は、メロディしか掲載されていない。というわけで、私の競争相手は、バンドか、一部センスのよいメロディを作るMIDIサイトなのである。音楽に競争なんかはないのだけど。ライバルかな。私は、曲を判断するときに、メロディ以外は捨象する。伴奏やイントロにいくら工夫がなされいても、それはメロディが貧弱ならば、合格はつけられない。というわけで、ネットの多くのMIDI曲は、残念ながら、ネット上で評価を受けても、楽曲ですらないのかもしれない。しかし、メロディがしっかりしたものに出会うと、感動する。この人は、作曲の才能があるなと。どうも、上手な人は、アマでは、曲作りのノウハウを披瀝することができる。手直しすることも考える傾向がある。そして、一番の特徴は、自分の曲をあまりぱつとしないと平気で言えることだ。その客観的な音楽観をもっていることが、やはり作曲のバランスのよさを示す。私はバンド方面の音楽ともだちがほしいのだけど、やはりアマの作曲家とも縁が出来たらうれしい。
RPGツクール
私もコンピューターものでは、最初はこのソフトで曲作りをしてみた。でも、残っていない。中学校の時に、作曲の課題があり、私は、ド、上のド、ドという出だしで始まる曲を作った。ふざけたわけではないが、おちゃらけたわけではなく、平凡を嫌ったのである。でも今は、どこかで聞いたような曲、平凡なものばかり。とほほ。
曲作り。私の場合、批判されまくり
私の曲作りは、最初の音から、批判される。その音ではない。上から下に。それは逆。前回とは違うのよ。習慣で作らないこと。などなど。一音一音チェックされて、そして一つずつフレーズを思いついては、批判されて、ようやくひらめいたリズム、それがいい。と言われたら残す。私の感性にはない音でも、それがいいなんてこともあり、納得しないこともしばしば。でも、後になると妥当だと思えることもあり、従っている。現在は、最初の1小節作るのにも、15-30分ほどかかる。この過程で、曲にはいろんな展開があることも知った。最初に思いついたフレーズで、曲を最後まで一気に作り上げることもできる。が、すぐにやすっぽすぎる、捨てて、さっきのところから、違うフレーズにする。そしてまた展開してゆく。このような作っては、元からやり直しての繰り返しを続けながら、曲が完成するまで続ける。だから、1小節書くだけで、5通り、10通りの中から選んでいるわけで、私の曲は、練りに練られた成果である。ここから作曲の法則をいくつか見つけだすことができた。似たメロディを続けないというのはその法則の1つだ。私の曲を聞いて、そんな凝った印象をもたない?そんなことないだろう?1音、1音。まさにこの音という感じがしない?私からすると、作曲は個人の自由なんてよくいえるものだ。私にとっては、メロディは、いつも決められたもので、一定のパターンを超えることはなく、がんじがらめだ。私の作曲に、自由なんてものが、あまりないなあ。
とはいいつつ、風景や動作を描こうとすると、いろんなメロディパターンを選ぶことができる。だけども、相撲の動作、それを的確に描く音は、ある観点を用いると、一通りしかないのだ。モンゴル相撲と日本の相撲とは曲が異なる。そういう意味で、描くものを対象を変えれば、メロディも変わる。自由かもしれないけど。私からすると、それでも、モンゴル相撲といえば、私には一つの表現しか出てこないので、多くても2.3パターンしか出てこないので、私には、作曲の自由もなく、つらい。でも、いい曲が浮かびできるならば、この批判に、従うのだけど。
一曲作るだけでも、かなりしごかれる。自分で自分の曲を批評しているのではないよ。楽にすぐに思いついた曲なんてものは、造幣局の桜くらいだった。このしごきのおかげで、作曲の腕を1つずつ上げている。
でも、私が今、一番求めているのは、作曲の自由だ。批判されまくっていて、音1つ自由に決められない。あー、楽にいいメロディが一瞬で出てくるようになってほしいものだ。組み立てていると、あれこれ考えて、たいへんだから。
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